ドキュメンテーションアーカイブのみち

事業8

私の神楽

 

展示「神楽マップ -神楽と私-」をするにあたっての着想、あるいは振りかえり

 


 

高安 美帆

ドイツの舞踊月刊誌「TANZ」10月号 掲載文より
インタビュー:アルント ヴェーゼマン

先生_高安美帆

Q:神楽とはどのような種類の舞踊なのでしょうか?

A:神楽は日本最古の舞踊です。(神楽という言葉は約1500年前からあり、舞は1200年前からといわれています。)私の地方では、神道の神社において巫女と呼ばれる舞手が舞います。人々は無病息災や豊作を祈り、食べ物や歌、そして舞を神々に捧げるのです。

Q:ヨーロッパ人はそのすべてを習得するべきだということでしょうか?

A: いいえ。神楽を習得するということは日本人でもあまりしません。昔から続く地域コミュニティの中に入らなければいけませんので。私も1986年、8歳の時にたまたま選ばれて神楽を舞うこととなったのです。1870年、明治時代に神職演武禁止令・神がかり禁止令の法律ができ、今は民俗芸能として、それぞれの地域の民間の人々に受け継がれています。

Q:神楽とはどのようなものなのでしょうか?
元来は神憑り、いわゆる霊的な憑依の状態を基礎としています。 神が身体に入り込むためには 巫女は雑念がなく純潔でなければなりません。 しかし舞台神楽は違います。 純潔さが踊りに よって形となり、それが歌舞伎や能の基盤となったのです。

A:元来は神憑り、いわゆる霊的な憑依の状態を基礎としています。 神が身体に入り込むためには 巫女は雑念がなく純潔でなければなりません。 しかし、演劇的な物語性のある神楽の場合は違います。 純潔さが踊りによって型となり、それが歌舞伎や能の基盤となったのです。

Q:なぜヨーロッパで神楽を教えるのですか?

A:私にとって距離を置くことが必要だからです。日本では、神楽は民俗芸能です。それはしっかりとした伝承と強いしきたり、イメージがあり、日本の伝統芸能である歌舞伎や能にもつながってきます。大阪ではほとんど不可能に近いですね、このダンス(神楽)を批評的な目線で取り組むということは。神楽が知られていないヨーロッパでなら分析したり 新しい演出をすることがより容易にできます。ちなみに、私はエイチエムピー・シアターカンパニー(エイチエムピーとは Hamlet Machine Project の略)という劇団に所属していますが、元々はハイナー・ミュラーの「ハムレット・マシーン」を上演するための集団でした。 彼が分析的、そして批判的にシェイクスピアと向き合ったように、神楽も新しく、異なった解釈がで きると思っています。

Q:学生達にはどんな講義が待っているのでしょう?

A:学生たちに神楽の身体的な基礎、そして祭礼の基礎を教えることによって、神楽の太古の姿を体 現したいと思っています。ヨーロッパの視点から神楽がどう理解されるのか、大変楽しみにしていま す。特に楽しみなのはヨーロッパ人の身体を通して、実験的でモダンな神楽の演出がどう表現され るかです。

Q:宗教的な蟠りはあるのでしょうか?

A:神道は天皇を頂点とした国家神道という一面と、大島渚監督の映画「愛のコリーダ」や「愛の亡霊」で 知られるような世俗的でセクシャルな面も持っています。 この夏、エイチエムピー・シアターカンパニーが上演した「阿部定の犬」作:佐藤信では、この二つのテーマを扱いました。ファルスへの強い畏敬の念。それが神楽の中にも秘められているのです。

Q:講義はいつ、どこで行われるのですか?

A:ギーセン大学の応用演劇学科にて 2015年10 月 14 日から 18 日までです。



●参考資料

KAURA_Syllabus_MIHOTAKAYASU_日本語.pdf

日笠 弓

【写真:展示の様子】



・20年も住んでいながら、はじめて見る自分の街の姿だった。もともとそこにあったものを探し動いた数日間だった。
そして、それは生活の中に残り続けてきた伝統で、地元の人たちの生きる姿の断片だった。

【写真:高次八幡神社】



・展示にいたらなかった一枚の写真。初めて歩いた場所。知らない所を歩く楽しさを感じて。
たくさんある知らないこと。近くに住みながらよそ者の感覚。

植森 阿津子

着想:

吹田市泉殿宮の神楽獅子。はるか昔、旱魃に苦しむ彼の地に湧水をもたらした伝説を持つ。
後にその同水源の水がミュンヘンに送られ、ビールづくりに最適との評価を得て近隣にビール工場が建設されたと言う。
中国より伝わった伝説の獣が結んだ不思議な縁に、はるかな異郷と悠久のときを感じた。